舞台が変わるまで

人間は、螺旋状に成長を遂げていくという。

潜在意識の思い込みを探す


潜在意識に刷り込まれた不要な思い込みを解消していく時に、起こる出来事に対してモヤモヤしたり、イライラしたり、何か引っかかる出来事がある。
その出来事に対して、自分がどう思うか、どう感じているかを”掘り下げて”いく。
それによって、自分の本当に抱えていた思いに気付いて現実の現象が変わる、変化するのだが、言ってしまえば自分の捉え方に変化が起こるのだ。

”過去の思い込み”に縛られていると、”過去の思い込み”のフィルターで自分の捉える世界を認識している。

もちろん、それ自体に良い・悪いはない。
無意識の世界なので、ある程度訓練が必要だ。

例えば、「子どもの頃に、辛くて苦しい思いをする代わりにお金を受け取ってきた」という過去があったとしよう。
そう、これは私自身の”過去の思い込み”だ。
事実とは違う。思い込みなのだ。
この思い込みがベースになっているので、無意識に「お金を受け取る時は辛くて苦しい思いをしなければ!」という思い込みが発動する。

これは無意識なので、最初は全く気付かない。
段々と、お金を受け取る前に辛くて苦しい思いをしていくことで、モヤモヤやイライラが募って悩みが出てくる。

じゅうろじ
じゅうろじ

こんなに大変な思いをしてるんだよ!!本当にしんどいんだよ!!

というのを、何度も何度も繰り返して、段々と悩みが同じパターンで展開されていることに気づいてくる。

無意識だったものに、”気付く”ということは、無意識ではなく、顕在意識として認識できるようになっている。
つまり、自分で”捉えることができる”までに形を帯びたということだ。(実際に触れるわけではないが)

無意識だと、認識できないので捉えようがない。
だが、認識できるようになったらそれが可能だ。
捉えることができるなら、何が原因なのかがわかってくる。

ここで、人生の選択ができる

①モヤモヤに気付いて、向き合って解消する。
②モヤモヤに気付いても、向き合いたくないから無視する。

このどちらも正解で、どちらも間違いじゃない。

ただ言えることは、①の場合は舞台がどんどん変わっていく。
向き合う過程は辛いけれど、向き合ってしまえば”過去の思い込み”を断捨離して新しい舞台に行ける。

②の場合は、舞台は変わらないし、モヤモヤイライラするけれど、向き合う必要はない。他人のせいにできる。

人生に正解はないので、どちらの人生を選んでも個人の自由。
ただ、①を生きる人と②を生きる人は、そもそも次元が違うので全てにおいての捉え方が変わってくる。

私は、25歳まで②の人生で生きてきた。
嫌なこと、辛いことを他人のせいにし続けて、アイツが悪い、アイツのせいで・・・というような人生で、それが普通だと思っていた。
それが、潜在意識の世界を知ったのが25歳で、そこから少しずつ①の世界にシフトして今に至る。

①の世界を生きるときのポイントとしては、無意識から顕在化した思いにぶち当たると何度も同じパターンがやってくる。

じゅうろじ
じゅうろじ

あれ?前と同じパターンで悩んでいる・・・!

と気付いてくるので、そこに徹底的に向き合う。

どうしてモヤモヤするのか?
何にイライラするのか?

というのを、自分に問いかけていく。自問自答をしている感じだ。
紙に書き出して、質問をして答えるを繰り返していく。

思い込みの土台が見つける


そうすると、「これだ!」という決定的な”過去の思い込み”にぶつかる。

”過去の思い込み”は、繰り返し自分が行なってきたことで定着してしまった行動パターンでもあるが、そのきっかけとなったものが必ずある。
それは、無意識かもしれないし、自分で選択したことではなくて、成り行きかもしれない。
人によってそれぞれ違うけれど、そのきっかけを見つけていく作業だ。

どうして、そのきっかけを見つけないといけないかというと、見つけなければずっと永遠に無意識の行動パターンを繰り返すからだ。
同じパターンで悩み、イライラしたり、モヤモヤすることに対してずっと反応し続けることになる。

それは、自分は常に成長していて新しい考え方も取り入れて生きているのに、その部分だけ”過去の思い込み”である過去パターンで捉え、考え、行動しようとすることで、過去の自分と現在の自分とのミスマッチが起こっていると考えるとわかるだろうか。

小さくなった合わないサイズの靴を履いて、痛いけれども「痛い!!」と文句を言いながら履き続ける。
そんな感じだ。
「痛い!!」と文句を言えば、靴を履き続けることができるし、一旦その靴を脱ぐ必要がない。
けれど、どうして痛いのだろう?と一旦靴を脱いで、痛い箇所を把握して適切に対処すれば「痛い!!」と文句を言い続ける必要はなくなる。

思い込みの投影

文句を言い続ける時は、基本的に人が絡んでくる。だから、「アイツが悪い、気にくわない」などと問題をすりかえやすい。
他人に自分の”過去の思い込み”である課題を投影するからだ。

課題があるのならば、解消する際に多少の痛みは伴うかもしれないが、それを解消してしまうことが手っ取り早い。多少の痛みというのは、自分で自分の思いに気付くときに向き合う辛さ、葛藤があることが多いからだ。
どんどん解消していくと、あっさりと「ああそうか」と認められるけれど、最初の内は認められないことが多すぎる。
怒りを解消することも先だ。二次感情と呼ばれる怒りが本当の気持ちを隠している場合が多いにある。
怒りも自分を守るために必死だからだ。

人間は、コンフォートゾーンから出ると不安なので、慣れ親しんできたものは例え”過去の思い込み”であって、今現在の自分に不必要なものだとしても、しがみつこうとする。
本能的なものなので、これを乗り越えていくしかない。

じゅうろじ
じゅうろじ

長くなってしまったので、舞台が変わる瞬間の話は次回!